大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)406号 判決

控訴人

岸田陽子

控訴人

岸田桂子

右両名訴訟代理人

大津権作

被控訴人

大阪高等検察庁検察官

検事

樫原義夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、

原判決を取消す。

控訴人岸田陽子が訴外亡嶋良樹の子(長女)であることを確認する。

控訴人岸田桂子が訴外亡嶋良樹の子(二女)であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求め、

予備的に、

原判決を取消す。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求め、

被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述、証拠の関係は、

控訴人等代理人において、

(一)、原判決には次のとおりの違法がある。

(1)、親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて身分関係の基本となる法律関係である。それは、決して原審判示の如き単なる事実関係ではなく、身分関係に於て最も基本となる法律関係である。

最高裁判所昭和二四年(オ)第九七号及び昭和四三年(オ)第一七九号事件の判決は、いずれも右の親子関係を法律関係であると認定しているのである。

原判決が、本件却下の理由として挙げた認知訴訟ですら、親子関係が基本的な法律関係であるからこそ許されるのであつて、事実関係が法令によつて法律関係に変化せしめられたものではない。

(2)、次に、原判決は、母子関係の存在確認は可能であると判示している。

従つて、同判決は、当然、母子関係は法律関係であるが、父子関係は法律関係でないと判示したものであると言わねばならないが、かかる両者間に差異を認めた判断が誤りであることは明かである。

更に、原判決は、その理由として、母子関係は、分娩の事実により、当然発生するものであるから、かかる母子関係の存在確認を求めることは可能であるが、父子関係はそうでないから許されないと判示する。

しかし、子の出生と父母との事実関係は、価値判断の上で等しい。

それこそ、単に分娩と然らざるものとの単なる事実上の相違にすぎないから、父子関係も亦出生の事実により当然発生するものである。

父親の確認の事実上の可能性が、母親の分娩の事実を確認する程度に近づきつつあるのであるから、尚更である。

(3)、更に、原判決は、本件は、出訴期間経過後に認知されたと同一の効果を求めんとするものであるから、許されないと判示しているが、それは理由にならない。

控訴人は、親子関係の存在の確認を求めているのであつて、両者その本質を異にしているからである。

親子関係が法律関係であり、母親に対して確認を求めることが許されるものである以上、父子関係の確認が許されるかどうかの問題に、右認知の定めを基準或は理由にすることは、単なる形式論であり、事柄の本質とかかわりがないからである。

蓋し、右判示のようなことは、制度上いくらも存在するところであり、又、判旨は認知以外に出訴期間経過前の父子関係確認をも認めないからである。

(4)、親子関係の如きは、子として何人もその真実が確定されることを求めることができる身分上の基本的法律関係であつて、母には可能であり、父には許されない等というものではない。父母共に平等であるべきものである。

しかも、控訴人は、未成年或はそれに近く、自己の意思に基く請求ができなかつたものである(認知の不請求は親権者の行為である)のに、父の確認を求め戸籍上の記載を真実なものとすることを求める控訴人の本件請求を許さないとする原判決は、子が自己の意思に基づき、父の確認を求める子自身の権利を認めないものであり、既述のとおり、最高裁の判例に反し、法令に違反し、控訴人の基本的人権に基づく請求を許さず、単なる形式論により真実の請求を拒否する違法なものである。

控訴人の主張は、前記の如く、戸籍上の記載を真実に合致せしめることの主張をも含んでいるものである。

(二)、最高裁判所昭和四三年(オ)第一七九号事件の判決要旨は、次のとおりである。

(1)、親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて身分関係の基本となる法律関係である。

(2)、戸籍の記載が真実と異る場合には、戸籍法第一一六条により確定判決に基づき、右記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益が認められる。

(3)、父母の両者またはいずれか一方が死亡した後でも生存する一方に於て死亡した一方との間の親子関係存否確認の訴を提起し追行でき得る。

然るに、原判決は、本件の親子関係を単なる事実関係であるから、確認訴訟の対象となり得ないとの理由で却下したことは明らかに前記判例に違背する違法がある。

原判決によれば、父子関係は事実関係であつて、母子関係は法律関係であるということになる。

これは、何人も納得しない論理的矛盾であるのみならず、明らかに前記判例に反するものである。

前記判例では、親子関係はすべて身分上の基本的法律関係であると判示しているからである。

更に、原判決は、期間経過後に認知されたと同一の効果を求めんとするもので許されないと判示する。

しかし、この状態は前記判例の当然の論理的帰結であつて、同判決は、これが可能であることを判示したものである。

同判決の反対意見には、原判決と同旨の理由が述べられているが、これはあくまでも反対意見であつて、この反対意見がしりぞけられた結果、前記判決が言渡されているのである。

(三)、思うに、親子関係という身分上の関係の確認の可否を決するのに、他への影響、既存の制度との矛盾等を基準にしてはならない。

父母の死亡後、子は親の確認を求め得るものであるかどうかを基準とすべきである。前記判例は右のすべてを充分考慮の上、反対意見をしりぞけたものであるから、その反対意見と同旨の原判決は、前記判例に反するものであつて、当然取消さるべきものである。

と述べ、

た外、原判決摘示事実を、次のとおり訂正して引用する。

原判決一枚目裏末行を、

「子は、やむなく、自己の子として出生届をしたため、原告等の父不詳の状態となつている次第である」

と訂正する。

原判決二枚目表八行目から一二行目までを次のとおり訂正する。

「一、(本案前の答弁)

原告らの訴は、事実関係である父子の血縁関係の存在を確定することを目的とするものであるところ、人事訴訟事件としての親子関係存在確認の訴として許される請求は、法律上の親子関係の存否を主張するものでなければならないものと解せられる。本件のように、嫡出でもなく、また、認知もされていない子とその父との事実上の父子関係存在の確認を求める訴の提起は不適法である。」

理由

被控訴人の本案前の答弁について判断する。

親子関係存在確認の訴の対象となる訴訟物は、法律関係である親子関係に限られるものであり、単なる自然の血縁的な事実関係では足りないものと解するのが相当である。

ところが、弁論の全趣旨によれば、控訴人岸田陽子は昭和二四年四月三日、控訴人岸田桂子は昭和二七年一二月一九日、それぞれ訴外岸田貴代子の子として出生した旨出生届がなされていること、訴外嶋良樹は昭和三二年五月六日死亡したこと、嶋良樹と岸田貴代子の婚姻届はなされておらず、控訴人両名は、嫡出子でなく、また、嶋良樹の認知を受けていないことが認められ、控訴人両名が、昭和四七年九月一二日、大阪地方裁判所に控訴人等主張の請求原因により「原告岸田陽子が訴外亡嶋良樹の子(長女)であることを確認する。原告岸田桂子が訴外亡嶋良樹の子(二女)であることを確認する。」旨の判決を求めて訴提起をしたことは、記録上明かである。

そして、嫡出子でない場合、父の認知によつて、はじめて法律上の父子関係が生ずることは、多言を要しないものであるから、控訴人両名と亡嶋良樹の間には、法律上の父子関係は存在しないものというべく(従つて、控訴人等の戸籍上の記載が真実に反するものとはいえない。)、控訴人の本件訴は単なる自然の血縁的な事実関係の存在の確認を求めることになり、不適法なものといわなければならない。

控訴人挙示の最高裁昭和二四年(オ)第九七号判決(民集四巻一三号七〇一頁)の判決要旨は、

一、子でない者が戸籍上嫡出子として記載されている場合に、その記載が親の虚偽の嫡出子出生届に基くものであるからといつて、その親の親子関係不存在の主張が禁止されることはない。

三、父母一方の死亡後は、生存者単独で嫡出親子関係不存在確認の訴訟を提起することができる。

というもので、本件とは事案を異にするものであり、

最高裁昭和四三年(オ)第一七九号大法廷判決(民集二四巻七号八六一頁)の判決要旨は、

父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方は、検察官を相手方として、死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴を提起することができる。

とあるが、その判決理由には、

親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとつて、身分関係の基本となる法律関係であり、それによつて生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求める必要がある場合があることはいうまでもない。旨説示しているのであり、

本件では、控訴人両名と亡嶋良樹との間に法律上の父子関係がなく、法律効果を生じていないこと前示のとおりであるから、前記認定、判断は、右判例に反するものではない。

また、民法第七八七条には、子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴を提起することができる。但し、父又は母の死亡の日から三年を経過したときは、この限りでない。と定められており、法律が認知の訴の提起につき、父又は母の死亡の日から、三年を経過した場合はこれをなし得ないこととする規定を設けたことは、身分関係に伴う法的安定を保持する上から相当と認められる(昭和三〇年七月二〇日最高裁大法廷判決民集九巻九号一一二四頁参照)から、これに反する控訴人等の主張は採用できず、出訴期間経過後に、認知の訴を提起し得るのと同一の効果を求めんとする本件訴を許容することはできない。

以上の認定、判断に反する控訴人等の主張はいずれも採用しない。

そうすると、控訴人等の本件訴は不適法であり、これを却下した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。

(長瀬清澄 岡部重信 小北陽三)

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